2020.12.14

#本

#ニッポン2021-2050

#落合洋一・猪瀬直樹

未来を見据えて読んだ1冊。

落合さんの本は結構自分にとって同世代としてためになる、もっと考えて頑張らないとと感じるので読むようにしている。猪瀬さんはあまりどのような方か、元副都知事から都知事になったイメージしかなかった。


お二方の考えを読んでいて、今が当たり前だと思わずに試行錯誤が必要と感じた。特に、猪瀬さんの東京都に勤める人はそれなりにエリート的、かしこと思うが、官僚も含めて、”まじめ”というのが強すぎるのだと思う。それが間違った方向に行くこともあり、疑問にも思わないのかもしれない。よく考える、それは視点を変えてほかの見方をしてもおかしくないか考えられること。これは、自分が考えている相手の立場に立って考えると同じ事。それがなくなると、自分のことだけ、都合いい風にしか考えられず、さらに、都合が悪くなると目を伏せてしまうのではないのだろうか。そうすると、言い訳しかできなくなり、自爆する。それって、どうなのだろうか。人間はAIとは違うので、考えて決断していくことをしていかないといけないと思う。ツールは使ってなんぼ。はき違えないようにしないと、建築設計もCADを使うことでCADを使ってコピペしかできなくなってしまってはツールではなくなってしまう。いろいろ考えものだ。


また、ここにはG型(グローバル)L型(ローカル)という考えがあり、GDP割合は3:7の割合となっているという点で、考え方も、同じなのではと感じた。すべてが斬新では受け入れがたいが、一部を変えていきながら、既存も活かす。街づくりに直結すると感じる。


また、猪瀬さんの文章の中で、条例などの文章の解釈についても書いてあった。役人は条文などで動くが、考え方は千差万別。視点を変えられない猪突猛進のお役所の人間にはひねって考えることができないことは理解していたが、建築基準法も同じことが言えると思う。条文を頭から読み、理解し、解釈を考える。事例なども必要になるが、所詮は文章。使い方次第である。


さらに、メディアに踊らされていることも、記されている。ドラえもんの生活環境の風景が原風景に感じられるが、それはメディア錯誤なのではないかと。深く考えたことがないが、確かに、懐かしい感じがあるが、一体いつの時代のことなのか。いつの間にかメディア戦略に乗ってしまっているが、そいう部分も理解しなおす必要がある。


第二次世界大戦について、面白いことも書いてあった。第二次世界大戦の開戦前、日本の将来のトップエリートたちで構成したチームで戦争のシュミレーションを念入りに行っていたそう。その結果は敗戦。しかし、実際には開戦してしまった。だれも決断できず、なし崩し的に開戦になってしまったのではないかということ。なので、誰も開戦した説明ができない。しかも、その後の戦況は若きエリートたちがシュミレートしたものとほぼ同じ。原爆などの予測まではできなかったが、結果も同じ。今の時代も、若き有能なものたちが、声をあげられる環境が必要なのではないかと感じる。


未来を描くためにすべてを実験していては先に進めない。先人たちの知恵を借りながら、より良い未来を描くために、文献などを読み、さらに考えを深めたいと思った1冊であった。